「海岸の侵食」「川の浸食」。
どちらも「しんしょく」と読み、同じような場面で見かけるので、どちらを使えばいいのか迷います。
結論を先にお伝えすると、「侵食」と「浸食」は、同じ「しんしょく」を2通りの漢字で書いたもので、どちらも誤りではありません。
ただ、国の法令を数えると「侵食」が48件、「浸食」が9件。法令の書き方の決まりに出てくるのも「侵食」です。
しかも調べてみると、1つの条文の中で両方の字を使っている法令までありました。
この記事では、常用漢字表と条文をそのまま示しながら整理します。
「侵食」と「浸食」の違いは?結論から
- 侵食 … 法令で多い書き方(48件)。法令の書き方の決まりでも、「侵蝕」は「侵食」と書くことになっている
- 浸食 … 法令にも9件ある書き方。誤りではない
法令の中では、どちらも主に、雨や流水、波、風化などによって土や岩が削られていくことを指して使われています。
意味で使い分けているわけではありません。
迷ったときは、法令に合わせて「侵食」を選んでおけば間違いありません。
ここから、その根拠を順に見ていきます。
字の違い:「侵」は侵す、「浸」は浸す
2つの字の違いは、国が定めた常用漢字表で確かめられます。
- 侵 … 音:シン/訓:おかす。例:侵入,侵害,不可侵/侵す
- 浸 … 音:シン/訓:ひたす・ひたる。例:浸水,浸透/浸す,水浸し/浸る
出典:常用漢字表(平成22年内閣告示第2号)本表/2026年9月14日確認
「侵食」は「侵す」の字、「浸食」は「浸す」の字を使った書き方です。
「侵す」の意味については、国の「異字同訓」の資料が次のように説明しています。
【侵す】領土や権利などを侵害する。
国境を侵す。権利を侵す。学問の自由を侵す。出典:文化審議会国語分科会「『異字同訓』の漢字の使い分け例」(平成26年)/2026年9月14日確認
ただし、常用漢字表の例の言葉には、「侵食」も「浸食」も入っていません。
「侵」の例は侵入・侵害・不可侵、「浸」の例は浸水・浸透です。
常用漢字表は、どちらか一方を正しい書き方として決めてはいないのです。
法令では「侵食」48件、「浸食」9件
では、実際の公文書ではどうか。e-Gov法令検索で、現行の法令を横断検索しました(2026年9月14日確認)。
- 侵食 … 48件(27の法令)
- 浸食 … 9件(7の法令)
- 侵蝕 … 0件
- 浸蝕 … 1件
件数は、その言葉を含む箇所の数です
「侵食」が「浸食」の5倍以上あります。
「侵食」は海岸や農地の法令に多い
「侵食」がいちばん多かったのは土地改良法施行令(15件)で、農地の土が削られるのを防ぐ工事の要件に出てきます。
…農用地の土壌の侵食又は崩壊を防止するため必要な排水施設その他の施設の新設又は変更…
出典:土地改良法施行令(昭和24年政令第295号)第49条第1項第5号の一部/e-Gov法令検索にて2026年9月14日確認
海岸法も「侵食」です。
…その他海水の侵入又は海水による侵食を防止するための施設…
出典:海岸法(昭和31年法律第101号)第2条第1項の一部/e-Gov法令検索にて2026年9月14日確認
第14条にも「侵食の状態その他海岸の状況を考慮し」とあり、海岸法の中の2か所はどちらも「侵食」でした。
「浸食」9件のうち3件は「税源浸食」
「浸食」9件の内訳は、次のとおりです。
- 租税特別措置法施行規則 … 3件
- 国土調査法施行令 … 1件
- 地形調査作業規程準則 … 1件
- 地すべり等防止法 … 1件
- 発電用水力設備に関する技術基準を定める省令 … 1件
- 土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律施行令 … 1件
- 特定有害廃棄物等の輸出入等の規制に関する法律に基づく特定有害廃棄物等の範囲等を定める省令 … 1件
いちばん多い租税特別措置法施行規則の3件は、地面の話ではありません。
…租税に関する相互行政支援に関する条約及び税源浸食及び利益移転を防止するための租税条約関連措置を実施するための多数国間条約…
出典:租税特別措置法施行規則(昭和32年大蔵省令第15号)第22条の11第26項の一部/e-Gov法令検索にて2026年9月14日確認
「税源浸食」は、条約の名前の中の言葉です。国の税の取り分が削られていくことを指していて、ここは「浸食」の字で決まっています。
つまり、土や岩が削られる意味での「浸食」は、9件のうち6件ということになります。
法令を数えて言葉の使われ方を確かめた話としては、「親族」と「親戚」の違いは?もあわせてご覧ください。
1つの条文に「侵食」と「浸食」が並んでいた
調べていて驚いたのが、土砂災害防止法の施行令です。
がけ崩れや地すべりを防ぐ工事の基準を定めた第7条に、両方の字が出てきます。
(2)のり面を保護するための施設 石張り、芝張り、モルタルの吹付け等によりのり面を風化その他の侵食に対して保護する構造であること。
出典:土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律施行令(平成13年政令第84号)第7条第1項第3号の一部
ホ ダム、床固、護岸、導流堤及び水制 地滑り地塊を安定させている土地を流水による浸食に対して保護する構造であること。
出典:同 第7条第1項第5号の一部/いずれも e-Gov法令検索にて2026年9月14日確認
第3号と第4号は「風化その他の侵食」、第5号は「流水による浸食」。
同じ条文の中で、字が変わっています。
水が原因なら「浸食」、というわけでもない
この条文だけを見ると、流水のときは「浸」の字を使っているように見えます。
実際、地すべり等防止法の第12条も「流水による浸食の防止」、発電用水力設備の省令の第22条も「波浪又は雨水等により浸食されないこと」と書いています。
ところが、先ほどの海岸法は「海水による侵食」でした。
水が原因でも「侵食」と書く法律があるのです。法令は、原因が水かどうかで字を決めているわけではありません。
同じ別表の中に「侵食度」と「浸食度」
もう1つ、特定有害廃棄物の範囲を定めた省令の別表第七にも、両方の字がありました。
- 「金属腐食性試験 試験片の侵食度が六・二五ミリメートル毎年を超えること」
- 「ヘ 試験物品の浸食度を以下の式により算出する」
出典:特定有害廃棄物等の輸出入等の規制に関する法律に基づく特定有害廃棄物等の範囲等を定める省令(平成30年環境省令第12号)別表第七の一部/e-Gov法令検索にて2026年9月14日確認
同じ別表の中で、基準のほうは「侵食度」、計算の手順のほうは「浸食度」と書かれています。
法令の中でも、2つの字はそれほど厳密には分けられていないことがわかります。
法律は「浸蝕」、政令は「浸食」
「浸蝕」の1件は、国土調査法でした。
3 第一項第一号及び第三号の「土地分類調査」とは、土地をその利用の可能性により分類する目的をもつて、土地の利用現況、土性その他の土じようの物理的及び化学的性質、浸蝕の状況その他の主要な自然的要素並びにその生産力に関する調査を行い、…
出典:国土調査法(昭和26年法律第180号)第2条第3項の一部(原文は「じよう」に傍点)/e-Gov法令検索にて2026年9月14日確認
ところが、この法律の「土地分類調査」の結果を示す地図について定めた国土調査法施行令は、こう書いています。
…土地の利用現況、土壌の物理的及び化学的性質、浸食の状況その他の主要な自然的要素の性状別分布状況…
出典:国土調査法施行令(昭和27年政令第59号)第2条第1項第7号の一部/e-Gov法令検索にて2026年9月14日確認
法律は「土じよう」「浸蝕」、政令は「土壌」「浸食」。
ほぼ同じ言い回しなのに、字だけが違っています。
法令の書き方の決まりでは「侵蝕」は「侵食」
法令の漢字の書き方は、内閣法制局が決めています。その中に、次の一文があります。
侵蝕(用いない。「侵食」を用いる。)
出典:内閣法制局「法令における漢字使用等について」(平成22年11月30日)1(6)/2026年9月14日確認
「蝕」は常用漢字表にない字です。
法令では、表外字の「蝕」を使った「侵蝕」は用いず、「侵食」と書くことになっています。
決まりの中で書き換え先として示されているのは、「浸食」ではなく「侵食」のほうです。
同じ決まりの一覧から「作製」と「作成」の書き分けを確かめた話は、「作成」「作製」「制作」「製作」の違いは?、常用漢字表にない字の話は、「蘇る」と「甦る」の違いは?もあわせてご覧ください。
迷ったときの使い分け
公的な文書・ビジネス文書は「侵食」
法令の件数は「侵食」48件に対して「浸食」9件。法令の書き方の決まりに出てくるのも「侵食」です。
役所に出す書類や報告書なら「侵食」に合わせておくと、迷いがありません。
「浸食」も誤りではない
「浸」も常用漢字で、法令にも「浸食」は9件あります。
地すべり等防止法や発電用水力設備の省令のように、国の法令が「浸食」と書いている例もあるので、「浸食」と書いても間違いではありません。
「税源浸食」は決まった言い方のまま
条約の名前に使われている「税源浸食」は、「税源侵食」とは書き換えません。
名前として決まっている言葉は、そのままの字で書きます。
「蝕」の字は使わない
「侵蝕」「浸蝕」の「蝕」は常用漢字表にありません。
公用文は常用漢字表によって書くことになっている(内閣訓令「公用文における漢字使用等について」)ので、公的な文章では「蝕」ではなく「食」を使います。
法令の中で自然を表す言葉が書き分けられている話としては、「生育」と「成育」の違いは?もあわせてご覧ください。
同じ法令の書き方の決まりの一覧から確かめた話としては、「規定」と「規程」の違いは?もあわせてご覧ください。
法令の決まりと実際の条文がずれていた話としては、「改訂」と「改定」の違いは?もあわせてご覧ください。
同じ「同音の漢字による書きかえ」に載っている言葉としては、「車両」と「車輌」の違いは?もあわせてご覧ください。大正12年の軌道建設規程は、同じ条の中で「車輛」と「車両」が入れ替わっています。
よくある質問
「侵食」と「浸食」は読み方が同じですか
はい、どちらも「しんしょく」です。常用漢字表では「侵」も「浸」も音読みは「シン」です。
「浸食」は間違いですか
間違いではありません。現行の法令にも「浸食」は9件あり、そのうち6件は土や岩が削られる意味で使われています。ただ、法令では「侵食」のほうが多く(48件)、迷ったら「侵食」が無難です。
「海岸侵食」と「海岸浸食」はどちらですか
法令では「海岸侵食」が2件(地方交付税法、普通交付税に関する省令)あり、「海岸浸食」は0件でした。海岸法も「海水による侵食」と書いているので、法令に合わせるなら「海岸侵食」です。
「侵蝕」「浸蝕」と書いてもいいですか
「蝕」は常用漢字表にない字です。法令の書き方の決まりでは「侵蝕」は用いず「侵食」と書くことになっています。一般の文章でも、常用漢字の範囲で書くなら「侵食」か「浸食」です。
まとめ
「侵食」と「浸食」は、同じ「しんしょく」を2通りの漢字で書いたもので、どちらも誤りではありません。
現行の法令では「侵食」48件、「浸食」9件。「浸食」のうち3件は条約の名前の「税源浸食」でした。
土砂災害防止法の施行令は1つの条文の中で両方の字を使い、特定有害廃棄物の省令は同じ別表に「侵食度」と「浸食度」を並べています。
法令も、2つの字を厳密には分けていません。
ただ、件数でも、法令の書き方の決まりでも、多いのは「侵食」です。
迷ったら「侵食」、「浸食」も間違いではないと覚えておけば、困ることはありません。

