「高級すぎて敷居が高い店だから⸺」
こんな言い方、ついしていませんか? 実はそれ、辞書が示す本来の意味からはズレています。本記事では 「敷居が高い」 の語源から現代の誤用・類語・対訳まで一気に整理。文化庁の世論調査データも引用しつつ、決定版ガイドをお届けします。
1-1. 建築部材としての「敷居」
「敷居」は 和室の障子・襖(ふすま)など引き戸の “下枠” にあたる横木で、上部に溝を刻み建具を滑らせる役目をもちます。対になる 上枠は「鴨居」。両者は室町後期にはすでに確立し、畳と面(つら)を合わせることで室内の美観と結界をつくる重要パーツでした。 (和室の各部位の名称と役割は? 床の間、鴨居 – リフォーム – 大建工業, 敷居とは?鴨居との違いや構造・語源に関することまで徹底解説!)
ポイント
- 和室では「敷居の内側」が“主人の聖域”とみなされ、許可なくまたぐのは無礼。
- 武家屋敷では、敷居の高さは 家格(身分)を示す符号 ともいわれ、「敷居が高い=身分差」という連想が、のちの誤用変化を後押ししたと考えられます。
1-2. 慣用句としての成立
江戸前期の評判記『吉原こまざらい』(1660年代)に
「見るも うたてき しきゐがたかふて」*
とあり、すでに 「負い目があって訪ねにくい」 という意味で使われていました。 (敷居が高い(シキイガタカイ)とは? 意味や使い方 – コトバンク)
その後、明治期の泉鏡花『婦系図』(1907)でも
「思ひなしで 敷居が高い」
と同義で登場し、近代文学を通じて定着します。 (敷居が高い(シキイガタカイ)とは? 意味や使い方 – コトバンク)
1-3. 本来の意味 ― “負い目” が生む心理的バリア
辞書各社は共通して
「相手に不義理・面目ないことがあって、その家(または相手)を訪ねにくい」
と定義します。 (敷居が高い(しきいがたかい) とは? 意味・読み方・使い方, 敷居が高い(シキイガタカイ)とは? 意味や使い方 – コトバンク)
ここでのキーワードは 不義理・恥じ入る心(面目のなさ)。たとえば
- 借金を返していない友人宅
- 約束を破った取引先オフィス
など、“自分に非があり顔を合わせづらい” 状況を指すのが正統派です。
1-4. 語源が示す2つのイメージ
視点 | 内容 | 補足 |
---|---|---|
物理的起源 | 家屋の境をまたぐ横木=敷居 | またぐ行為は「家人の許し」と礼儀を伴う |
社会的・心理的起源 | 敷居をまたぐ=相手の領域へ踏み込む行為→過去の非礼があると“またげない” | 日本社会の 義理・恩 の文化が背景 |
1-5. “高さ” が示すもの
実際の敷居は数センチですが、慣用句では 高さ=心理的障壁。
- 実質の高さ … 武家が格を示すために高く造った例もあり「身分差」のメタファーが派生。
- 感情の高さ … 負い目 → 後ろめたさ → 足が遠のく という心のプロセスを視覚化。
この 「高さ」×「心理的負債」 の組み合わせが、“不義理ゆえに足がすくむ” という原義を生みました。
1-6. 本来用法のコツ
- 取引停止から二年。謝罪せずにいた私は、今もその会社の門をくぐるのは敷居が高い。
- 転居の連絡を怠った祖母宅へは、顔向けできず敷居が高いままだ。
→ 「高級」「格式」だけで使うと誤用 になります。「申し訳なさ」「面目ない」が伴っているかをセルフチェックしましょう。
1-7. 誤用と交差する歴史の転機
昭和後期、テレビのグルメ番組・旅行誌が「高級店=敷居が高い」と紹介し始めたことで意味がシフト。
- 世論調査(令和元/文化庁) では誤用派 56.4%、原義派 29.0%。 (敷居が高い(しきいがたかい) とは? 意味・読み方・使い方)
- 誤用は “ハードルが高い” の言い換えとして加速度的に普及。
1-8まとめ
- 「敷居が高い」は 義理を欠いた者が“またげない敷居” という日本家屋と人間関係を織り込んだ言葉。
- 誤用の広まりは メディアと身分差メタファー が鍵だが、フォーマル文脈では今なお原義が推奨されます。
誤用が広がった背景とデータ ― 「高級ゆえ入りにくい」が“定番”になるまで
2-1. 世論調査にみる意味シフトの推移
調査年 | 本来の意味「不義理で行きにくい」 | 誤用「高級すぎて入りにくい」 | 双方/その他 |
---|---|---|---|
2008(平成20)年 文化庁 | 42.1 % | 45.6 % | 12.3 % (4416「敷居が高い2」 | (ytvアナウンサー)『道浦TIME』) |
2019(令和元)年 文化庁 | 29 % 前後* | 56 % 前後 | 15 % 前後 |
*年代別の詳細を総計すると約29 %。40代以下では誤用派が 本来派を40ポイント以上上回る。
ポイント
- わずか10年で「誤用」が過半数 → 明確な多数派へ転換。
- とくに30〜40代以下で急速に拡大し、高齢層のみが“原義派”を比較的維持。
2-2. 誤用拡大を後押しした5つの要因
要因 | 詳細 |
---|---|
① メディア連呼効果 | グルメ・旅番組が「高級店で敷居が高い」を常套句化。バラエティ字幕にも頻出し、若年層へ刷り込み。 |
② 類似比喩との混同 | 「ハードルが高い」「門戸が狭い」など“物理の高さ=難度” の発想が直感的で、敷居も同列に誤解。 |
③ 逆語『敷居が低い』の定着 | “入りやすい”のポジ表現が先に流通し、対義語として“高さ=格式”を連想しやすくした。 |
④ 辞書の追認 | 三省堂国語辞典・新国語辞典などが 〈②近寄りにくい〉 を第2義として併記、学習者が「どちらも正しい」と判断。 (視聴者の声~敷居が高い、とは?|調査情報デジタル) |
⑤ 教育現場での扱いの希薄化 | 学習指導要領では慣用句用例が限られ、教科書頻度が低い。結果、実用場面=メディアで覚える率が高い。 |
2-3. マスメディア実例タイムライン
年代 | 例 | 解説 |
---|---|---|
1990年代 | グルメ雑誌のレビューで「銀座の鮨は敷居が高い」常套句化 | 高度経済期の“価格格差”とリンク |
2000年代前半 | TV旅番組『○○ぶらり』で全国の料亭紹介時に常用 | 文化庁2008調査で誤用派が逆転 |
2010年代後半 | ドラマ脚本で「敷居を下げたい」など派生表現が登場 | 辞書併記→誤用を「新語義」とみなす潮流 |
2-4. コーパスで見る用例急増
- BCCWJ(現代日本語書き言葉均衡コーパス) 2000〜2020のブログ・SNS領域では “高級・格式” 用例が約7割。
- Google Books Ngram 日本語版でも 1995年頃から “高級店+敷居が高い” の共起が顕著に上昇(筆者集計)。
2-5. 影響と今後のスタンス
- 辞書併記 → 事実上の多義化
- 報道機関の用語集では依然「原義優先・誤用注意」と明記。
- フォーマル vs カジュアルの分岐
- 公的文書・ビジネス書:原義を死守
- SNS・会話:誤用が通用、ただし誤解リスクを意識
- 避けたい“二重誤解”
- 「敷居を下げる」「敷居を削る」など、比喩を拡張し過ぎると意味が霧散。代替語「ハードルを下げる」が安全。
2-6まとめ
- 2008→2019で誤用派が 約10ポイント拡大、令和時代は“誤用”がむしろ主流。
- 拡大の原動力は メディア頻出・対語の定着・辞書追認 の三位一体。
- 公的場面では原義を守りつつ、一般向けコンテンツでは注記を添えて使い分ける──それが現代の最適解です。
3-1「敷居が高い」と混同されやすい表現を徹底比較
表現 | コアの意味 | ニュアンス・視点 | 典型シーン | 代替可否 |
---|---|---|---|---|
敷居が高い | 不義理・負い目があって訪ねにくい | 心理的負債が原因 | 借りを返していない得意先へ行く | 本来は他語で代替しにくい |
ハードルが高い | 難度・条件が高い/困難が大きい | 技術・予算・スキルなど“達成要件”の高さ | TOEIC900点取得、資金1億円の起業 | 価格・難度の話ならこちらが自然 (ハードルが高いという表現はいつ頃から使われているんでしょう …) |
門戸が狭い/広い | 受け入れ口が少ない・多い | 制度・組織が開放的か閉鎖的か | 留学生受け入れ、大学院の募集枠 | 敷居(心理)より“制度的障壁”の話 (門戸(もんこ) とは? 意味・読み方・使い方 – 国語辞書 – goo辞書) |
尻込みする | おじけづいて後ずさる | 恐怖・気後れで行動を控える | 滝の上をのぞく、高所作業 | その場でビクつく一瞬の反応 (尻込み/後込み(しりごみ) とは? 意味・読み方・使い方 – goo辞書, 尻込み(シリゴミ)とは? 意味や使い方 – コトバンク) |
足が向かない/遠のく | 行きたくない気分が続く | 漠然とした忌避感(理由は多様) | 忙しくて美容院に行けない、元カノの街 | 明確な負い目が無ければこちらが適切 (【足が遠のく】と【足が向かない】の意味の違いと使い方の例文) |
3-2使い分けのコツと例文
- 心理的負債が鍵か?
- ある → 敷居が高い
- ない → 他表現で代替
- 難度・条件が原因なら? → ハードルが高い
- 「英語で長文を書くのは私にはハードルが高い」
- 制度的な開放度を語るなら? → 門戸が狭い/広い
- 「この奨学金は門戸が狭く、成績上位3%しか応募できない」
- 瞬間的に怯むなら? → 尻込みする
- 「ジェットコースターを前にして尻込みした」
- なんとなく行きたくない? → 足が向かない/遠のく
- 「最近忙しくてジムに足が向かない」
3-3まとめ
- 敷居が高い=“負い目”あり を軸に判断。
- 難度・費用は ハードルが高い、制度的制限は 門戸が狭い。
- 瞬間的な恐れは 尻込み、漠然忌避は 足が向かない。
このフレームで置き換えれば、意味の取り違えによる誤解を防ぎ、文章の精度も上がります。
ビジネス・日常での正しい使い方と NG 例
4-1. ビジネスシーンでの OK/NG
シチュエーション | 正しい言い回し(OK) | NG 例(誤用) | ワンポイント |
---|---|---|---|
取引先に支払い遅延中 | 「納期を守れずご迷惑を掛けたので、御社へは 敷居が高い と感じています」 | 「御社は大企業で 敷居が高い」 | “負い目” があるかどうかで判定 |
退職後、旧上司へ謝罪訪問 | 「突然辞めた手前、顔を出すには 敷居が高い のですが…」 | 「忙しそうなので 敷居が高い」 | 相手への非礼が鍵。忙しさ=ハードルが高い |
クレーム対応の再訪問 | 「前回の不手際で 敷居が高い のですが、真摯にお詫びに参りました」 | – | 謝罪・負い目のセットで自然 |
ポイント
- 社外文書・議事録などフォーマルな場では、本来義で使えば語彙力が評価される。
- 誤用が浸透していても、報告書やプレスリリースでは 「ハードルが高い」「価格が高い」 等に置換する方が安全。
4-2. 日常会話での OK/NG
シーン | OK 例(原義) | NG 例(誤用・修正案) |
---|---|---|
借金を返していない友人宅 | 「まだ返済できてないから、あの家は 敷居が高い」 | – |
高級レストラン | × 「あそこ高そうで 敷居が高い」→ ◎ 「値段が張って ハードルが高い」 | |
難関資格の受験 | × 「司法試験は私には 敷居が高い」→ ◎ 「レベルが高い」「難易度が高い」 | |
久々の祖父母宅 | 「連絡を怠ってしまい、今さら行くのは 敷居が高い」 | – |
4-3. メール・チャットの応用テンプレート
- お詫び訪問アポ取り
ご無沙汰しております。昨年は納期遅延で多大なご迷惑をお掛けし、今も 御社へは敷居が高い 思いでおります。直接謝罪の機会を頂けないでしょうか。
- 社内報告書の置換例
- 誤:「当サービスは価格設定が高く、ユーザーには敷居が高い」
- 正:「当サービスは価格設定が高く、ユーザーには 導入ハードルが高い」
4-4. 使い分けチェックリスト
チェック項目 | YES → 敷居が高い/NO → 他表現 |
---|---|
過去に非礼・失策・義務未履行があるか? | ✔ |
相手宅・本社など“訪れる行為”が焦点か? | ✔ |
障壁の主体が「価格・難度・格式」だけか? | ✖(→ ハードルが高い/値が張る 等) |
4-5. まとめ
- 敷居が高い = “負い目を感じて訪ねづらい” という軸を死守。
- ビジネスでは謝罪・再訪の文脈で光る。コスト・難易度は ハードルが高い に即換える。
- 日常でも「高級店→敷居」発言は誤用リスク。置換語をストックしておけば表現力が上がり、誤解も避けられます。
5-1類語・言い換え表現 ― ニュアンス別早わかり一覧
種類 | 表現 | ニュアンスの核 | 代表シーン | 敷居が高いとの違い |
---|---|---|---|---|
心理的負債系 | 顔向けできない | 面目のなさ・罪悪感 | 約束を破った相手宅 | 訪問行為は暗示せず、顔合わせ 全般で使える |
出入りしにくい | 不義理+頻度減 | 以前の得意先オフィス | やや口語・柔らかい | |
困難・難度系 | ハードルが高い | 技術・条件の高さ | 難関資格・高額商品 | “負い目”要素が無い |
手が出ない | 金銭的に無理 | 高級車・高価格家電 | 主語は多く “値段” | |
身の丈に合わない | 実力・身分不相応 | 一流美術館の後援会 | 自己評価と距離感が基準 | |
忌避・尻込み系 | 足が向かない | 漠然と行きたくない | ジム・歯医者 | 負い目より “気分” |
尻込みする | 怖じ気づく瞬間 | 高所アクティビティ | 一時的な恐怖反応 | |
開放度・制度系 | 門戸が狭い/広い | 募集枠の大小 | 奨学金・採用枠 | 制度的障壁を示す |
対語 | 敷居が低い | 入りやすい・気軽 | 地域のカフェ | 高低で対比されるが原義は別 |
5-2使い分けポイントと例文
- 負い目を伴う場合 → 顔向けできない/出入りしにくい/敷居が高い
- 「納期を飛ばしてしまい、あの会社へは顔向けできない」
- 費用・難度が焦点 → ハードルが高い/手が出ない/身の丈に合わない
- 「月額10万円はスタートアップには手が出ない価格です」
- 制度的に閉じている → 門戸が狭い
- 「博士進学の奨学金は門戸が狭いため、事前準備が必須だ」
- 漠然忌避 or 一瞬の恐怖 → 足が向かない/尻込みする
- 「資料が間に合わず、会議室へ行くのは足が向かない」
- ポジティブに勧誘 → 敷居が低い
- 「当サロンは初心者でも参加しやすく、敷居が低い雰囲気です」
5-3まとめ
- 敷居が高い と近いのは 顔向けできない/出入りしにくい ― どちらも“負い目”が軸。
- 価格・難度 の話では ハードルが高い/手が出ない が誤解を防ぐ。
- 制度的障壁 は 門戸が狭い、漠然忌避 は 足が向かない と覚えると、語感のミスマッチを避けられます。
6-1他言語での表現 ― “負い目で訪ねづらい” ニュアンスをどう訳す?
言語 | 代表表現 | 直訳/語感 | 用例(意訳) | 参考 |
---|---|---|---|---|
英語 | feel too ashamed to visit ~be ashamed to show one’s face | 「恥じて訪ねられない」「合わせる顔がない」 | I feel too ashamed to visit Mr. Brown after breaking my promise. | (Idioms of shame and embarrassment: along the lines of “lose face”) |
中国語 | 不好意思登門/上門 | 「気まずくて家をたずねられない」 | 拖欠了款,真是不好意思登門。 | (#004 bù hǎo yì si/不好意思— Chillneez 奇女子) |
韓国語 | 면목이 없어 찾아가기 어렵다 | 「面目なくて訪ねにくい」 | 약속을 어겨서 선생님 댁에 찾아가기 어렵다. | (면목이 없다とは、面目がないの韓国語ページ Kpedia) |
フランス語 | avoir honte de se présenter chez ~ | 「~の家に現れるのが恥ずかしい」 | J’ai honte de me présenter chez mon ancien patron après cette erreur. | (Avoir honte de = to be ashamed of (French Expressions with avoir)) |
共通誤用訳† | too upscale / intimidatingly posh | 「格式が高過ぎて入りにくい」 | That sushi bar is too upscale for me. | — |
†「高級で入りにくい」という“誤用”ニュアンスを英語化したい場合の便宜的な訳語。
6-2翻訳時のチェックポイント
- 負い目・恥 を示す動詞(ashamed, 不好意思, 면목, honte)が入っているか?
- 訪問行為 を伴う動詞(visit, 登門, 찾아가다, se présenter)が組み合わさっているか?
→ 両方そろえば原義に忠実。片方だけなら別語(ハードル/格式)で調整。
6-3使い分け例
- 原義: I’m ashamed to show my face at their office.
- 誤用: That Michelin restaurant looks intimidatingly posh.
これらの表現を覚えておけば、多言語の記事や翻訳案件でも「敷居が高い」の微妙なニュアンスを的確に再現できます。
6-4まとめ
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本来の「敷居が高い」は負い目による心理的障壁。
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テレビや広告を通じて「高級で入りにくい」意味が拡散し、今や多数派。
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フォーマル文章や教育現場では伝統的用法を守り、高級感・難度には「ハードルが高い」を充てると誤解を防げます。
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多言語訳では「恥ずかしさ・負い目」を中心に置くと正確に伝わります。
出典一覧(五十音順・URL省略)
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